ジャニーズのスカウト入所組10人を紹介!オーディションなしで入所したメンバーは誰?

ジャニーズ事務所に在籍している多くのタレントは、定期的に開催されるオーディションを受け、狭い門を突破し、入所に至っています。

ですが、そんなジャニーズ事務所のタレントの中にも、ジャニーさんによって直接スカウトを受けて入所した、いわゆる「スカウト組」と呼ばれるメンバーがいるのはご存じでしょうか?

スカウト組は、在籍しているタレントの中でほんの一握りしかおらず、かなり珍しい入所の仕方です。

ジャニーさんは、年間を通して多くの少年達を見てきたこともあり、「その子を見れば、10年後の姿も見える」と言われていました。

それだけスターになれる人材を見抜けていたということなのでしょうね。

そんな数少ないスカウト組にはどんなメンバーがいるのか、紹介していきたいと思います。

①猪狩蒼弥(HiHi Jets)

ローラースケートを履き、熱いパフォーマンスを魅せるジャニーズJr.の5人組ユニットHiHi Jets。

その中でも、特にローラースケートとラップを得意とし、グループの曲の振付も行う猪狩蒼弥。

そんな猪狩蒼弥は、ジャニーさんにローラースケートの腕を買われてスカウトされました。

ローラースケートの練習中に声をかけられる

猪狩蒼弥は2013年6月28日、パークでローラースケートの練習をしていた時にジャニーさんに声をかけられ、父親、スタッフを通して入所の打診があったそうです。

しかし、ジャニーさんとは2013年よりも前に会っていたそうで、そのときのエピソードを2020年11月15日に配信されたジャニーズJr.チャンネルの中で明かしています。

動画の中で猪狩蒼弥はジャニーさんと初めて会ったときのことを次のように語っています。

「2012年にジャニーズ・ワールドやってたでしょ。俺そこ見に行ってるんだよね」

「ジャニーさんの知り合いの方に『ちょっと舞台見に行こう』って言われて、ジャニーズ・ワールドを見に行ってジャニーさんにメロンソーダおごってもらったの」

「2週間後ぐらいにまた誘われて行ったら、今度は楽屋でうどんとってもらって、それを社長と一緒に食った」

猪狩蒼弥はジャニーさんを知らないままうどんを食べていたそうで、他のメンバーからは「エリートだよ」「ジャニーさん、たぶんもう気にしてたよね」などと驚きの声が挙がっていました。

もしかしたらパークで声をかけるよりも前に、ジャニーさんの目に留まっていたかもしれませんね。

②向井康二(Snow Man)

向井康二は父親が日本人、母親がタイ人のハーフで、1歳からは奈良県で過ごしました。

また、幼少期はタイで暮らしていたこともあり、ムエタイのジムに通っていました。

向井康二が小学2年生の時、滝沢秀明の付き添いでタイを訪れていたジャニーさんが、そのジムに飾られていた向井康二の写真を見て、日本に帰国していた向井康二の家に連絡を入れます。

「もしもしジャニーですけど」と電話を受けた向井康二の母親は、最初はジャニーズ事務所の社長と信じていなかったようですが、ジャニーさんから同じような電話が5回もかかってきたそうです。

向井康二は、2020年1月26日の『CDTV』の中で、ジャニーさんからスカウトを受けたときのことを明かしていました。

ジャニーさんとの初対面

その後、向井康二は滝沢秀明が出演するコンサートに呼ばれて、ジャニーさんと初めて会います。

ですが、その時はまだ幼いということで「まだちっちゃいから、あと4年後に」と保留となり、小学5年生の2006年10月8日にジャニーズ事務所に入所しています。

このとき向井康二はジャニーさんから1万円もらったそうで、2021年12月2日放送の『ダウンタウンDX』に出演した際、緊張した時のお守りとして今でも大切にしていると明かしました。

また入所した時に向井康二が「兄がいる」と言ったことで、お兄さんの向井達郎も後日入所し、兄弟で『ムエタイ向井ブラザーズ』として活動しました。

現在お兄さんの向井達郎は退所し、ダンサーとして活動されています。

もしもジャニーさんがタイを訪れていなかったら、向井康二はジャニーズに入っていなかったのかもしれないと考えると、運命的な出会いですよね。

③ジェシー(SixTONES)

4歳から8年間空手をやっていて、初段・黒帯のジェシーは、全国大会で2年連続準優勝したこともある実力者です。

父親がアメリカ人、母親が日本人というハーフのジェシーは、「男の子は強くいてもらいたい」「自分の身は自分で守れ」というお父さんの勧めで空手を習っていたそうです。

その空手の道場に元ジャニーズJr.だったジョーイ・ティーも通っていて、ジャニーさんがハーフっぽい人を探していたことから、ジョーイ・ティーは「ジャニーさんに会いに行こう」とジェシーをジャニーさんに紹介しました。

ジェシーはジャニーズについて全然知らなかったそうですが、ジャニーさんはジェシーを見てすぐスカウトしたそうです。

そのとき「何か買ってきな」と千円札を渡され、『ザ・少年俱楽部』のリハーサルへ行くようにジャニーさんに言われました。

その2週間後には、NHKホールで『ザ少年倶楽部』の収録本番のステージに立ったというエピソードを、2020年11月27日に配信されたSixTONESのYouTubeで話しています。

ちなみに、入所のきっかけとなったジョーイ・ティーは岩永ジョーイとして、現在は日本やアメリカでダンサーや俳優として活動されているようです。

芸名が「税水」!?

2021年10月25日に放送された『激レアさんを連れてきた。』にジェシーが出演した際、ジャニーさんから、本名のルイス・ジェシーは長いし、カタカナだと普通だから「”税水”で”ジェシー”はどうか」と提案されたと明かしていました。

ジャニーさんのネーミングの鬼才さは有名ですが、「近畿」と「キッズ」で「KinKi Kids」、「平成」と「ジャンプ」で「Hey! Say! JUMP」など、今では唯一無二の名前になっていますよね。

結局、カタカナの方が覚えてもらいやすいと「ジェシー」に落ち着きましたが、インパクトがあって、一度聞くと忘れないタレントにジェシーを育てていきたかったのかもしれませんね。

④森本慎太郎 (SixTONES) 

2009年12月に『スノープリンス合唱団』の中心メンバーとしてCDデビューしていたり、映画『スノープリンス 禁じられた恋のメロディ』で映画初出演&初主演を務めるなど、ジャニーさんのお気に入りだったとして知られる森本慎太郎。

『櫻井・有吉THE夜会』をはじめ、いろいろなTV番組などで「ジャニーズへ入ったきっかけがスカウト」であることを明かしています。

2006年10月に森本慎太郎は、元Hey! Say! JUMPの最年少メンバーとして兄・龍太郎が出演していたKAT-TUNのコンサートを、母と祖母、妹と観に行きました。

その後、ホテルの中華料理屋で家族で食事をして際、ジャニーさんが森本慎太郎に「龍太郎くん」と間違えて声をかけてきたそうです。

お母さんが「今、龍太郎は下でコンサートやってます」と笑いながら答えたところ、ジャニーさんはお母さん、おばあちゃんと10分ほど話し、ジャニーさんから「ジャニーだけど、うちに来ない?」と誘われました。

当時、森本慎太郎は空手で小学2年生の時に関東大会で2連覇、全国で4位になったり、小学3年生で念願の黒帯を取得するなど、空手に夢中だったこともあり断っていたそうです。

その後、2週間~1カ月に一度ジャニーさんから自宅に電話がかかってくるようになり、「今日学校でこういうことがあったよ」「今こういう舞台やってるよ」など他愛もない会話をしていました。

ある日、ジャニーさんから「1回、滝沢の舞台を見に来い」と招待され、見学だけならとお母さんとともに行くと、ジャニーさんに舞台裏を案内されます。

その際リハーサルに参加し、初体験ながらダンスの魅力を知った森本慎太郎は、空手を辞めて小学3年生でジャニーズ事務所に入所しました。

実はスカウト前にジャニーさんに会っていた

実はスカウトされた2年前に、森本慎太郎はジャニーさんに会っていたことを、2020年11月27日に配信されたSixTONESのYouTubeの中で明かしています。

2004年8月12日に行われたTV番組『Ya-Ya-yah』でのジャニーズJr.オーディションを、小学1年生の時に受けに行きました。

その際「ユーは若すぎるからダメだよ、大きくなったらまた来てね」と言われたのが、ジャニーさんとの初対面だったそうです。

ちなみに、このオーディションに受けて合格したメンバーにHey! Say! JUMPの山田涼介や、Snow Manの深澤辰哉、阿部亮平などがいます。

ブサイクになった!?

2021年2月5日、SixTONESで『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』に出演した際、ジャニーさんと交わした最後の会話について語っていました。

ジャニーさんに田中樹とジェシーと森本慎太郎で会った時に、ジャニーさんはずっと森本慎太郎の顔をチラチラ見ていて、田中樹に「樹、あいつ誰?」と聞いてきました。

田中樹が「慎太郎だよ」って答えたところ、ジャニーさんは「えっ!?」「ユー、本当ブッサイクになったね」と言ったそうです。

少し苦い思い出になったようですが、それだけジャニーさんの記憶にいた昔の森本慎太郎はかわいらしかったのでしょうね。

⑤京本大我(SixTONES)

京本政樹と元アイドルの山本博美の間に生まれた京本大我。

2019年9月5日に放送された『櫻井・有吉THE夜会』でジャニーさんからスカウトされたときのエピソードを話しています。

京本大我が小学5年生のお正月に家族でハワイを訪れた際、飲食店のママさんと撮影した2ショットの写真を、数カ月後に来店したジャニーさんが見て、店のママさんに「この子誰?」と聞いたことがきっかけだったとのことでした。

写真に写っている子が京本政樹の息子と聞き、ジャニーさんは父親である京本政樹に連絡を取りますが、写真を見つけた時は京本政樹の息子だということは知らなかったそうです。

その後、何度もジャニーさんから電話がかかってきたようで、「KAT-TUNのデビューライブを見にきて欲しい」と言われ見学に行きます。

楽屋前の廊下で、Hey! Say! JUMPの中島裕翔と遊びで『青春アミーゴ』を踊っていたのをジャニーさんが見て、「出てみる?」と声をかけられてデビュー0日で初舞台に立つこととなりました。

そのライブで京本大我は亀梨和也の隣で自己紹介をし、『青春アミーゴ』を一緒に踊りました。

その時の気持ちを、2020年11月27日に配信されたSixTONESのYouTubeの中で明かしています。

『青春アミーゴ』の振付も2時間で覚えたそうで、2020年1月11日に『嵐にしやがれ』に出演した際、相葉雅紀に「天才じゃん」と驚かれていました。

親子2代でスカウト

実は京本大我の父親である京本政樹も中学生の頃、ジャニーさんにスカウトされているそうなんです。

2020年1月14日に放送された『幸せ!ボンビーガール』に京本政樹が出演した際、ジャニーさんからスカウトされていたことを明かしました。

京本政樹が大阪に住んでいた中学生の時に、「ユー、東京来ちゃいなよ」と電話でスカウトが来て、当時京本政樹の私設ファンクラブがあり、そのメンバーが勝手に応募したのだそうです。

ですが、美術大学に進みたいと考えていた京本政樹は「考えさせてください」と悩んだ末に入所はしませんでした。

父親が中学生、息子が小学生で同じ人にスカウトされるとは、よっぽどジャニーズと縁があったのでしょうね。

⑥平野紫耀(King & Prince)

平野紫耀は小学2年生からダンスを習い始め、2011年に辞めていますが、名古屋の芸能事務所に所属していたこともありました。

小さい頃から人見知りだという平野紫耀ですが、ダンスに夢中になった理由について次のように話しています。

「子供のころから人見知りなんです。ダンスは言葉を使わないでよくて、教えるのも体だし、表現するのも体だから、素晴らしい世界だと思った」

そんな平野紫耀がダンススクールの合宿で上京した際、ダンスの先生の先生で、元ジャPAニーズのメンバーであり、光GENJIや少年隊の振付していたボビー吉野のレッスンを受けることになります。

初めて平野紫耀を見たボビー吉野は「ジャニーズっぽい子だな」と思ったと、2021年1月27日に放送された『あいつ今何してる?』に出演した際に明かしていました。

そこで平野紫耀をジャニーさんに紹介したところ、「ユー、来ちゃいなよ」とスカウトされ、2012年の2月に入所することになります。

入所する時、事務所に関東と関西のどちらに所属するか聞かれ、「東京で勝負する前に、まずは関西でスキルを磨きたい」と関西ジャニーズJr.としての活動を選択しました。

ジャニーさんとの出会い

2018年11月3日放送の『メレンゲの気持ち』や2019年9月6日放送の『A-Studio』で、平野紫耀はジャニーさんの第一印象について語っています。

「リクライニングに踏ん反り返ってるおじいちゃんがいるなって思ってたんですよ。」

「稽古ちゃんと見てるのかなと思うくらい、天井ばかり見ていた」

また、小さい頃から歌が嫌いで、家族とカラオケに行っても歌ったことがなかった平野紫耀が、唯一歌を褒められたのがジャニーさんだったそうです。

「ユーの声は魅力があって人を惹きつける」と言われ、自信がついて歌が好きになったとも明かしています。

ジャニーさんの言葉

ジャニーさんは将来有望だと思ったJr.をアメリカに連れていき、トップクラスのショーを鑑賞させていましたが、平野紫耀は入所わずか2カ月後に帯同しています。

ジャニーさんのお気に入りだった平野紫耀を、外国の振付師たちに「この子はスターだよ」と紹介していたそうです。

この言葉は、「思い返しても元気になるような一言。勇気づけられるような一言になってる」と平野紫耀は明かしています。

ジャニーさんは平野紫耀を叱ることも多かったそうですが、愛情を持って本物のスターに育てようとしていたのでしょうね。

⑦東山紀之

1985年の少年隊デビュー以来、ジャニーさんの意志を継いで、ジャニーズを引っ張り続けている東山紀之。

ジャニーさんは生前、少年隊について次のように話していました。

「自分が思う最強のグループ」

「踊りが完璧で、歌も歌え、自分たちで演出もできていた」

少年隊のメンバーが退所してもジャニーズに残り、後輩の面倒を見ている東山紀之も、ジャニーさんからの直接スカウトで入所しました。

信号待ちで声をかけられた

東山紀之のお母さんがNHKの職員用理髪店で働いていて、歌番組『レッツゴーヤング』の公開録画のチケットを取ってくれたので、友だち3人と一緒にNHKホールまで観に行きました。

当時、東山紀之は小学6年生で、坊主頭の少年でした。

その帰り道に渋谷のスクランブル交差点で信号待ちをしていたところ、ジャニーさんに声をかけられたそうです。

その時のことを東山紀之は、2021年1月8日放送の『ダウンタウンなう』で語っています。

「ジャニーさんが川崎麻世さんのマネジメントで『レッツゴーヤング』に来ていて、ジャーニーさんが電話を使おうと車を降りたところ、その前の前に僕が立っていて、『You、金八先生、見てる?』声をかけられた」

東山紀之が「金八先生観てます」と答えると「電話番号教えてほしい」と言われ、少し怪しいと思ったが「ちっちゃいテケテケしたおじさんだった」から受け入れたのだそうです。

後に”しょうゆ顔”と言われた端正な顔立ちと雰囲気が、ジャニーさんの目に留まったのかもしれませんね。

⑧諸星和己

1987年に『STAR LIGHT』でレコードデビューし、ローラースケートを履いたアクロバティックなパフォーマンスで、たちまち爆発的な人気を得て、社会現象になった光GENJI。

グループのセンターを務めた諸星和己は、「かーくん」の愛称で親しまれ、圧倒的な人気を誇っていました。

そんな諸星和己も、ジャニーさんから直接スカウトを受けてジャニーズ事務所に入所しています。

2015年6月26日放送のラジオ番組『たまむすび』に諸星和己が出演した際に、ジャニーさんとの出会いを語っていました。

中学生で家出

諸星和己が13歳の中学生の時、地元の静岡県から家出をして上京しています。

代々木公園に竹の子族を観に行ったが、平日だったため実施されていませんでした。

仕方なく、そのまま代々木公園で野宿しているところに、ジャニーさんから「ジャニーだけど」と声をかけられ、名刺を渡されたそうです。

その後、所持金をわずか1,200円しか持っていなかった諸星和己は、もらった名刺に書かれていた電話番号に連絡し、衣食住を確保するために、ジャニーズの合宿所で生活をスタートさせました。

はじめの頃はレッスンを嫌がって、ジャニーさんと衝突することもあったそうですが、ジャニーさんは諸星和己のスター性を見抜いていたのでしょうね。

⑨野村義男

15歳の時に『3年B組金八先生』に出演し、田原俊彦、近藤真彦とともに「たのきんトリオ」として活躍するした野村義男。

現在はギタリストや音楽プロデューサーとして活動されていますよね。

そんな野村義男も、ジャニーさんに直接スカウトされてジャニーズ事務所に入所した1人です。

代々木公園でスカウト

小学5年生の11歳の時に、姉の影響でギターを始めた野村義男。

代々木公園にあったゴーカートで遊んでいた時に、川崎麻世らと歩いていたジャニーさんの目に留まり、英語で話しかけられたそうです。

英語がわからず戸惑っていると名刺を渡され、それが縁で12歳の時にジャニーズ事務所に入りました。

ちなみに、この時ジャニーさんにもらった名刺はパッケージし、宝物として机の上にずっと飾られているそうです。

亡くなってもなお、大切に思われているのは、ジャニーさんにとってもうれしいことでしょうね。

⑩郷ひろみ

郷ひろみはあまり知られていませんが、わずか数年間ですがジャニーズ事務所に所属してました。

映画『潮騒』オーディションの会場で、オーディションには落選したものの、ジャニーさんに惚れ込まれて、ジャニーズ事務所に入所しています。

ジャニーズ入所後は、大河ドラマ『新・平家物語』で俳優デビュー、デビュー曲『男の子女の子』で第14回日本レコード大賞・新人賞を受賞するなどの活躍をしています。

また、西城秀樹、野口五郎と新御三家と呼ばれ、一躍トップアイドルになっていきました。

多忙な高校生時代だったため、郷ひろみのお弁当はジャニーさんが作るなど、5年をかけて高校を卒業しています。

1975年に方向性の違いからジャニーズ事務所は離れますが、ジャニーズに所属していた頃は”超VIP待遇”を受けていたと、のちに郷ひろみ本人が語っていました。

オーディションなしでジャニーズ入所したメンバー

ここまで履歴書を送らず、ジャニーさんにスカウトを受けたメンバーを紹介してきました。

履歴書を送ってオーディションなしでジャニーズ入りしたメンバーもいるので、そちらも紹介していきます。

 

松本潤は2歳上に姉がいるのですが、KinKi Kidsのファンだったお姉さんの影響でジャニーズに興味を持ち、小学校の卒業式が終わった足で履歴書を送りました。

その後、中学生になった松本潤のもとに、ジャニーさんから電話が入り、「六本木のテレ朝でレッスンやってるから、来ちゃいなよ」と言われたそうです。

松本潤はその日あった野球の練習を休んでレッスンへ行き、オーディションを受けずにジャニーズ事務所に入りました。

今ではクールでセクシーという印象の松本潤ですが、入所当時は大きな目がかわいらしい、いじられキャラだったようです。

近藤真彦

近藤真彦が13歳の頃、地元で所属していた野球チームの監督の娘が、チーム全員の集合写真をジャニーズ事務所へ送りました。

その写真を見たジャニーさんは、写真の近藤真彦の顔に○印を付け、チームの監督の娘に電話をかけ、近藤真彦をスカウトしたそうです。

ジャニーズに入所後は、ドラマ『3年B組金八先生』で大ブレイク、田原俊彦、野村義男とともに「たのきんトリオ」として活躍します。

また、1980年12月12日に『スニーカーぶる〜す』で歌手デビュー、1987年の『第29回日本レコード大賞』では『愚か者』で大賞を受賞するなどの功績も残しました。

当時の近藤真彦は人気絶頂で、睡眠時間が平均2時間というエピソードも残っています。

まとめ

ジャニーズでは珍しい、ジャニーさんがスカウトしたメンバーについて紹介しました。

オーディションを受けたジャニーズメンバーから”エリート”と呼ばれています。

偶然が重なり、ジャニーさんの目に留まってジャニーズに入所し、アイドルとなっていく姿は本当の話なのかと疑いたくなるくらいドラマチックですね。

これからもスカウトメンバーの活躍を温かく見守りたいところです。

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